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高校野球と金属バット

『カキーン!大きなあたりです。左中間真っ二つ!』

高校野球のこのカキーンは、もちろん金属バットの音をあらわしている。

木製のバットでも、よいあたりの時はカキーンと表現するが、

やはりカキーンは高校野球が似合っている。

日本で金属バットが使用許可になったのは、

私が高校3年の春、昭和49年のことだった。

 

アメリカ イーストン製のそのバットは明らかに重く、

手皮の部分はゴム製のグリップで非力だった自分には扱いづらいものだった。 

以来、日本のメーカーも参入し、改良に改良を重ね、

軽くて扱いやすく、飛距離も大きく伸びた。

 

『野球をやろう!と言えば、

アメリカ人はバットを持ち出し、日本人はグラブを取り出す。』

 

これは野球に対する日米の根本的な意識の相違をあらわしていると言われてきたが、

金属バットの果たしてきた日本での価値判断は、近年旗色が悪い。

 

打高投低は、投手の負担を増し故障の遠因となっている。

打球の威力が増し、投手・内野手の頭部や胸部の振とう障害が増えている。

といった故障のリスクとともに、力任せの打法を招き、

木製のバットを使用する上のレベルで通用しない打法と言われている。

 

大学野球の世界に進んできた本校の部員でも、

多くの部員が木製のバットに戸惑いを隠せない。 

『飛距離性能を抑えたバットの使用を』の声は、

現場の指導者からも聞こえるようになってきた。

 

バットの進化を考えるとき、

ふと身の回りの人間が作り出し改良してきた多くのモノに思いを巡らせてみた。

やっぱり自然の進化に比べると稚拙なのかもしれない。

 

でも、『どこのバットが飛びが良いのかなぁ?』 

現場の監督の欲は深い。