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共に戦ったライバル監督

若井 聡 長岡高校監督

最後の夏はお隣の大手高校に敗れる。

38年の長きに渡り、新潟の高校野球の一線を1度も休むことなく牽引してきた。

 

ほぼ時を同じく監督生活をスタートしたライバルであり、

また、共に野球を学んできた仲間でもある。

 

明訓の監督生活をスタートしたばかりの頃、あまりにも勝てないので

「年下にだけ負けなければ60歳の年には、自分が甲子園に行ける」

そう自分に言い聞かせ、夏の大会に挑んでいった。

なのに、そのはかない夢は、4年目の夏の大会で

糸魚川商工(現在の糸魚川白嶺高校)率いる若井監督に

いとも簡単に破壊されることとなった。

今でもよく覚えているのは、何ともお粗末な夢、

情けなさと切なさで小さな自分に涙したこと。

 

若井監督の戦いは、十日町高校の悲願の甲子園初出場という形で実を結ぶ。

2001年 夏の新潟大会決勝 十日町8×-7日本文理  延長10回裏 サヨナラのシーン

十日町を初優勝に導いた            若井聡監督の優勝インタビュー

 

この年、明訓は十日町と準決勝で戦い、

5-0とリードした5回に一気に8点を奪われ、反撃したものの敗れ去った。

悔しかった。

ライバルに負けたからじゃない!

共に学ぶ仲間に負けたことが、

そして、またも年下に・・・

 

決勝の日本文理を破った一戦はまさに若井野球の真骨頂

多くの野球ファンに語り継がれる名勝負である。

 

若井監督

お疲れさまでした。

まだ、秋の大会があります。

監督の生きざまを若い監督に示し、

新潟県の公立高校の監督の奮起を促して下さい。

最後の最後の戦いまで、若いはつらつとした若井監督でいてください。

お願いします。      年老いた総監督より