越後が生んだ偉人 屋井先蔵

今週のきっずワードは「電池」

誰もが一度は使ったことがある乾電池の

生みの親が新潟県人だって知ってました~?

当然!私も知りませんでした。

その人の名は・・・屋井先蔵(やい・さきぞう)

屋井先蔵イラスト.jpg

幕末の1863年生まれの、先蔵は

10代ころは時計店で働いていました。

大学受験を遅刻により失敗したことを機に

先蔵は電気時計を開発します。

しかし、当時は、硫酸などの液体が入った

危険で使い勝手が悪い湿式電池しかありません。

そこで、開発したのが「屋井乾電池」でした。

屋井乾電池は、日清・日露戦争で日本軍用の

電池に採用され、性能の良さを証明。

先蔵は、一気に「乾電池王」の道を歩み始めるのでした。

しかし、先蔵は徹底した秘密主義者であったため

後継者が育つことはありませんでした。

「屋井乾電池」は先蔵が亡くなると、

間もなくして、その姿を消しました。