今年3月で新潟県内では24の小中学校が姿を消す。
新潟は1992年度から2008年度の数字でも公立の小中学校の
閉校数が全国第3位。

県義務教育課では豪雪地帯や中山間地、離島があり、過疎化が進んだことが
閉校が多い原因とみている。

豪雪地帯・津南町の三箇小学校はこの春、120年の歴史に幕を閉じる。

信濃川発電所の建設でかつては250人以上いた児童数も19人に、
給食も遊びも全校児童一緒。今年は思い出作りの最後の1年になった。

今月開かれた雪上運動会には地域の人たち、およそ200人が集まった。
卒業生やかつての保護者でもある地域の人にとって感慨は深い。

卒業式が三箇小学校最後の行事になった。地域で育んできた子供を送り出し、
学び舎としての役目が終わった。

県内の小中学校の閉校は今年の24校がピークだが、三箇小のような複式学級がある小規模校が
多く、2・3年後にもまたヤマがあるとみられている。

番組コメンテーターの吉田教授は、教育の均等化への配慮に理解を示しつつ、
「教科書だけではない、地域の中でも伝承という側面も学校にはある」と話す。
閉校後、校舎をどのように活用するかも、新たな課題になる。

上越市浦川原区の旧月影小学校は宿泊可能な体験交流施設に再生された。

2001年3月に閉校した月影小学校を宿泊施設として再生させる計画を立てたのは
首都圏の4つの大学の学生たち。2005年に施設はオープンし、現在もプロジェクトは
進行している。

学生たちは改装のための作業を地域の人たちと共同で進めている。地域の人 も学校が「ただ立っているだけではさびしいが、活用されていて うれしい」と話す。


再生プロジェクトは10年目の今年にひとまず完成する。3階部分に民具を展示し、
月影の人たちの生活を知ってもらおうという趣向だ。
学生発案の少し暗めの明かりで楽しむ夕食。この日は久々に地域の町内会長と
食卓を囲んだ。
月影の人たちにとって、若者や子供たちが集まる場、そして地域の人たちの
「よりどころ」を残したことは大きい。

県内では、閉校後の校舎は様々な形で活用されている。地域の過疎化が進まないような
有効な活用が望まれる。
宿泊体験交流施設「月影の郷」
上越市浦川原区横住410
℡025-599-3302
県は2012年度にドクターヘリの導入を目指している。
ドクターヘリの最大の役割は医師と看護師をより早く現場に運ぶことだ。
(解説する木村記者)

お隣、福島県では2年前からドクターヘリが導入されている。
福島県立医科大学病院にはヘリポートと通信センターが置かれている。

消防が必要性を判断し、センターに要請。連絡を受けると担当医師と看護師は
全力で走り、要請から離陸までわずか3分。

車であれば1時間近くかかる現場まで13分で到着。
福島県の場合、多くの医療機関が受け入れに協力していて、
他の業員に患者を搬送することもある。

福島県は年間およそ1億4千万円をかけてドクターヘリを運航。
導入以来の出動は600件を超え、1日1回のペースだ。

広い福島県を片道45分以内でカバーし、山間地で心停止の患者を救った例もある。

一方で抱える課題もある。ひとつは天候に運航が左右されること。
さらには、消防との連携が重要で、救命救急センターでは
キャンセルを恐れない要請が必要と話す。

福島でドクターヘリを担当する医師は5人。負担も大きい、
救急医療の切り札として、県民の共有財産になるドクターヘリ。
導入後の協力体制がカギになりそうだ。
新潟の場合、ヘリを置く病院として候補に挙がっているのは、新潟大学医歯学総合病院、
新潟市民病院、長岡赤十字病院の3つ。この中から7月までに1つが選ばれる予定。
仮に新潟市に拠点が置かれた場合、佐渡まで20分、糸魚川まで40分で到着する。

番組コメンテーターの新原氏は「ドイツやスイスでは15分以内でつける体制が整っている。
日本では現状では仕方ないが、今後もヘリの数が増えればと思う」と話した。
また、木村記者は「ドクターヘリだから救えた命がある、という言葉に重みを感じた」と話す。
導入に向けて、ヘリを活かしていく体制づくりが重要だ。
県議会2月定例会、注目は泉田知事肝いりの佐渡・羽田空路構想。


佐渡の活性化を考え、賛成する声もあったものの、新会社の設立など多額の税金を費やす
構想に県議会の反発は強く、反対多数で否決された。
(朝日新聞佐渡支局 高橋記者)

新潟と佐渡を結ぶプロペラ機の定期便もおととし秋でなくなり、閑散としている佐渡空港。
知事の構想は滑走路を2000m化し、大型の飛行機が発着できるようにするため、
羽田の発着枠をねらったものだった。

落胆ムードの中にあっても、特別編成のプロジェクトチームは望みを捨てていない。

災害時の輸送拠点としての滑走路2000m化に向け、地権者への説明を続けている。

佐渡市の高野市長も島民の命を守るための交通インフラとして必要と訴える。
おととし秋から佐渡市の観光地域プロデューサーを務めている前田雅裕さん。
大阪の旅行会社に勤務していた前田さんは部外者の視点で佐渡の観光を見つめている。

相川地区では6年前から民家や商店街が参加して雛人形を観光客向けに展示している。
賛同する民家も増えていて、観光客誘致にあまり熱心でないと言われてきた佐渡の観光も
変わりつつある。

12月から3月まで佐渡観光はオフシーズン。佐渡ほどオン・オフの差が激しいところはないという。
前田さんは冬の観光こそ重要と話す。

佐渡の生きる道は観光しかない、と前田さんは言う。

「遠い離島」のイメージをなくすためにも佐渡・羽田便は欠かせなかった。
厳しくなったが、これをスタートとして将来を見据えた空路の必要性を前田さんは訴えた。

観光振興のためには、冬季の観光に重点を置いたPRや運賃の見直しなどを
あげる声もある。飛行機に頼らず、知恵を出し合い、観光地としての佐渡の魅力の
充実を図りながら、未来の空路実現につなげていく必要がありそうだ。

去年、2日間で7万8千人が来場した「にいがた酒の陣」で目玉企画の
ひとつになったのが「越淡麗バー」

越淡麗は新潟県産の五百万石を父に兵庫県産の山田錦を母にもつ
「究極の酒米」といわれる米。その開発には15年を要した。

越淡麗が必要とされた理由。それは五百万石が品評会に出すような 大吟醸酒をつくる時に
必要な高度の精米に向かなかったためだ。 大吟醸には新潟のほとんどの蔵元が兵庫県産の
山田錦を使わざるをえなかった。 米、水、技術すべてを完結させる「オール新潟」のための米が
必要とされた。

そこで、県醸造試験場と当時の農業試験場が共同開発したのが「一本〆」
しかし、栽培がしやすかったため、肥料を増やし、収量を上げる動きが一部にあり、 品質の低下を
懸念した蔵元に敬遠され、使っているのは契約栽培で徹底した品質管理をする一部の蔵元だけ。

一本〆の反省も踏まえ、酒米としてのうまさにこだわって開発されたのが越淡麗。
背が高く倒れやすい、いもち病にかかりやすいなどの欠点があったが、蔵元と生産者の
協力もあって、2006年から栽培が始まった。

現在、越淡麗は蔵元が農家と契約し栽培している。県醸造試験場もすべての栽培地の
米を管理し、情報面でも五百万石や山田錦に劣らないようサポートし、ブランドを大事に
育てている。
農家との契約が必要という条件ながら、県内96の蔵元のうち72社が越淡麗を使用。
その生産も伸びている。また、蔵元の栽培先確保にもさまざまな工夫がある。


長岡市旧栃尾地区では、街の酒屋さんたちが耕作放棄地寸前の棚田で、
越淡麗づくりに取り組んでいる。中越地震でダメージを受けたふるさとの棚田再生にも
つながっている。
番組コメンテーターの轡田氏は「越淡麗に期待するのはもちろん。新潟には手法、
水、技術にあわせていろいろな酒米を使ったおいしい酒がいっぱいある。地域振興の
最高の手段と活用してほしい」と酒どころ新潟にエールを送った。
越淡麗バーは3月13・14日朱鷺メッセで開かれる「にいがた酒の陣」で再び
企画されている。