私にとっての2010年「観る 聴く 読む」

読む 僕のお父さんは東電社員です 現代書館

20120214_touden01.jpg―毎日小学校新聞に投稿された一通の手紙―
東京都に住む小学校6年生「ゆうだい君」(仮名)の手紙が5月に毎日小学校新聞に掲載されました。ゆうだい君の手紙は「突然ですが、僕のお父さんは東電の社員です」という言葉から始まります。編集部で小中学生に意見募集したところ、全国から子供から大人まで数多くの意見が寄せられました。この本はある小学生の原発に関する手紙をきっかけに寄せられた意見をまとめたものです。


―ゆうだい君の主張とは?―
原子力発電所を造ったのは誰でしょうか。もちろん東京電力です。では、原子力発電所を造るきっかけをつくったのは誰でしょう。それは、日本人、いや世界中の人々です。」(引用)

無駄に電気を使い続け、一方で地球温暖化対策などから、原発を容認したのは電気を利用する全員の責任であると訴えています。手紙の最後は、こうも書かれています。
こういう事態こそ、みんなで話し合ってきめるべきなのです。そうすれば、なにかいい案がうまれてくるはずです」(引用)



―小学生からの手紙で多く寄せられた視点―
放射線量を減らすためにひまわりを植えよう ゲームを夜遅くやるのをやめて暮らしを変えていこう せつ電しよう 電気の使い方を考えよう もっと電気のことを勉強しよう


―ある中学生からの手紙(引用)―
「東京のひとたちが使う電気を福島でつくっている。そのせいで福島の人たちは被害を受けている。福島に東電の発電所があるのはおかしい...」


―今この国の大人たちに子供達の声は聞こえていますか?―
私はこの本に接し「この事態を子供にちゃんと説明できる大人」なのかと自問自答しました。3・11の原発事故以降、戦後日本の自画像として、経済成長と豊かな暮らしをセットにしてきた物語が終焉を迎えたことを強く感じていました。原発54基はその象徴ともいえる存在です。我々日本人は、3・11以降の事態に対し、加担した歴史があると認めることから始めなければならないと思います。思考停止は許されません。ゆうだい君は有効な「話合い」を求めています。


―森達也(映画作家)氏の手紙から(引用)―
「東電の社員たち一人ひとりを責めるべきではないし、ゆうだい君のお父さんも責められるべきではない。だって一人ひとりは、一生懸命に働いていた。
でも東電は責任を負うべきだ。まかされていたのだから。そして僕たちの社会も、やっぱり責任も負わなくてはならない。まかせていたのだから。」

観る グレン・グールド天才ピアニストの愛と孤独

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―グレン・グールドのドキュメンタリー映画を新潟市のシネウィンドで観る―
この映画は既に、昨年暮れに東京で公開されており、その時は観ることができませんでした。今回、思いがけずシネウィンドさんで公開されると聞き、早速観てきました。


―グレン・グールドの愛と孤独とは?―
グールドの映像はこれまでは主に、演奏や本人のインタビュー中心のものが数多く公開されてきました。
1932年カナダ生まれ。32歳で惜しまれながら演奏会から姿を消し、以後はスタジオに籠りアルバムを量産。
1981年、デビュー時に録音したバッハの「ゴルトベルグ変奏曲」を再録音し、翌1982年に死去。
彼の人生には様々な謎がありますが、今回のドキュメントは彼を愛し支えた3人の女性のインタビューやレコーディングスタッフの回想や当時の日記の紹介等、プライベートにおける一人の男性の人生として、描かれています。


―顔や表情から見る大きな変化と動物と子供を愛した日々―
人間は青春時代と老成した段階では、顔付きは当然変わりますが、それにしてもグールドのNYデビューの頃の溌剌さと50歳の老成した表情のギャップ感を改めて感じました。50歳の彼は既に死を予告させるような発言をしていたという証言が映画でありました。一方で犬を可愛がり、共同生活を送る女性の子供達(映画でインタビューに応じています)にも優しく接しています。家族愛に背を向けていたわけではないのでしょうが、そこに留まり浸るわけにはいかなかったのです。彼は鍵盤(ピアノ)だけが生き続ける意味そのものでした。

―今でも聴けるグールドの魅力、それはバッハの演奏です―
死後30年、益々高まるグールドの評価。早すぎる死と謎に満ちた人生。残された多くの録音。人の人生は様々です。私はグールドの音楽を時々、車の中で聴いています。彼の奏法は指によるタッチ(表現)を基本とし、腕や肩の力をほとんど使っていないそうです。チェンバロのような繊細さです。そしてその音色は一つ一つの音の粒子が舞い落ちてくる感じで、その透明感や躍動感は比類なきものです。その具現化されたものが彼によるバッハの演奏です。幸せな気分になれます。

―新潟市シネウィンドさんに感謝―
グレン・グールドの映画は2月10日(金)まで上映されます。

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聴く ADELE

20120125_adele01.jpg―世界で今、最も売れているADELE(アデル)のCDを聴く―
ミュージックマガジン1月号で「ベストアルバム2011・ロックベスト10(イギリス/オーストラリア)部門の第一位に選ばれました。タイトルは「21」。

選んだ3人の方々のコメント抜粋(―引用―)
大鷹俊一氏「やっぱり11年はこの人だろう
保科好宏氏「これほどオーソドックスな歌のアルバムが1300万枚も売れたのは彼女の歌声や楽曲に破格の訴求力があるからなのは言うまでもない
油納将志氏「特に流行の音でもないし、技量という点では彼女より上はいくらでもいる。しかしこの不完全のようで完全なる作品はアデルという天賦の才を持ったシンガーにしか生み出すことができない


―プロフィールはこんな感じ―
アデル・ローリー・アトキンズ。1988年英国生まれの女性シンガー・ソングライター。
2008年、19歳でアルバム「19」でデビュー。
2枚目の本アルバム「21」が大ヒット。英国以上に米国で圧倒的なリスナーの支持を得て大成功を収めました。


―シンプルで力強い歌の数々―

レディー・ガガのような奇抜さや派手さはありませんが、一方で写真を見る限り、アデルはごく普通の感じの女の子です。
全11曲全てをリラックスして聴くことができました。そして何か心地良い余韻が残りました。
私が今まで聴いてきた他の女性ボーカルの人々との共通点を探してみるとこんな具合でしょうか。
R&B ロック系スピリットとしてはジャニス・ジョプリン
カントリー系としての歌の上手さはリンダ・ロンシュッタット
透き通るような高音部の響きはホイットニー・ヒューストン

私が好きな曲は11曲目の「SOMEONE LIKE YOU」です。


―2012年 第54回グラミー賞表彰式は2月13日です―
アデルは6部門にノミネートされています。

観る ジョージ・ハリスン GEORGE HARRISON

2012年となりました。今年もUXビジョンを宜しくお願い致します。
私のブログは本日よりスタートさせて頂きます。


―年末にアマゾンで購入したジョージ・ハリスンのDVDを正月に観る―

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ジョージ・ハリスンは1943年英国生まれ。
BEATLESのメンバーとして活躍し、解散後はソロアルバムの発表や難民支援コンサートの企画プロデュース等、精力的に活動してきました。90年代は、あまり彼のNEWSは音楽シーンでは語られなくなっていましたが、2001年11月、癌で亡くなりました。58歳でした。


―没後10年、マーティン・スコセッシ(Martin Scorseseアカデミー賞監督)による音楽ドキュメンタリーが公開―
昨年11月、一部の地区で映画公開されましたが、同時にDVDも発売されました。タイトルは「GEORGE HARRISON/LIVING IN THE MATERIAL WORLD」(リビング・イン・ザ・マティリアルワールド)です。
マーティン・スコセッシは音楽ドキュメンタリーを数多く手掛けています。

1978 THE BAND「LAST WALTZ」
2005 BOB DYLAN「NO DIRECTION HOME」
2008 ROLLING STONES「SHINE A LIGHT」
2011 GEORGE HARRIDON「LIVING IN THE MATERIALWORLD」


―「LIVING IN THE MATERIALWORLD」の意味―
1973年、彼のソロ第二作目として発売されたアルバムのタイトルでした。当時、良質なROCK&POPSとして、彼のギターの音色と共に楽しめた傑作でしたが、今回、訳詩と共に改めて聴いてみると「MATERIALWORLD(物質世界)」に生きる自分と「精神世界(聖なる神)」を希求するもう一人の自分を対立的に表現しています。
既にこの時代に、彼は物質社会をきっぱり否定し、インド宗教による世界観や思想に帰依していきます。


―様々なミュージシャンとの交流、そのエピソードに触れる―
驚くほど多くの友人に囲まれ、ユーモアを持ち、友情に厚く、17歳から音楽家として駆け抜けた彼の人生を観ることができました。誰にも触れることができない「オーラ」が彼には満ちていました。DVDの終盤でリンゴ・スター(RINGO STARR BEATLESのドラマー)が彼の最期を語り、涙目になったところで、私も貰い泣きしそうになりました。

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観る 2011年12月23日 新宿周辺にて

―雪で寒い新潟を離れ、週末を東京で過ごしました―
新宿・紀伊国屋で本を買い、南口のTOWER RECORDで小澤征爾サイトウキネンオーケストラの「NYカーネギーLIVE」のCDを買いました。


―新宿周辺の風景はこんな感じでした―

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新宿駅構内や周辺ではユニセフの子供達が募金活動をしていました。
また駅の周辺ではサンタ姿の女性達が、エコバックを配り、清掃活動をしていました。いつもと同じ年末風景でしたが、2011年に起きた出来事が一人一人の心の中に、どのように納まっているのかと雑踏の中でふと考えました。


―天災と人災 絶望の中の3・11―
「天災」で失われた多くの命に、年の瀬に改めて黙礼するのみです。残された人々のこれからを想い、日本に生きている我々が共に希望を失わず生き続けていける社会を目指していきたいと思います。一方で原発事故において「政府」や「政治家」がこの間やってきたことは「人災」だらけでした。
こうした機関や党のメッセージではなく、しがらみもなく、もっと自由でまっとうな人々が今の日本の現状に対して発信し、世の中を変えていくべきと思います。今年はそうした多くの言論人、知識人、科学者達を新たに知ることができました。私はそうした声や言葉や表現と共に生きて行こうと思います。


―2011年に亡くなった人々を想う―
原田芳雄氏(俳優) 中村とうよう氏(音楽評論家) 森田芳光氏(映画監督)
吉田カツ氏(イラストレーター) 立川談志氏(落語家)等、私が好きな方々ばかりでした。
しかし、先般読んだ本の主人公である小澤征爾さんと村上春樹さんは元気でした。今生きている自分も多くの人々に支えられていると想う年の瀬でした。


―今年のブログはこれで終了します―
友人達、そして私のブログを訪れてくれた全ての人々に感謝します。UXビジョン(会社)も多くのパートナーに恵まれ、良い仕事ができました。来年はどんな年になるか分かりませんが、確実なのは自分自身またひとつ年齢を重ねることだけです。
皆様、静かで温かい新年をお迎えください。

読む 小澤征爾さんと音楽について話をする 新潮社

―2人の日本人の楽しそうな顔 小澤征爾×村上春樹―

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少し前の新聞広告面で2人の対談本が紹介されていました。病と闘い、やや、やつれ気味ですが、生命力に溢れる小澤さんの表情と、小澤さんを支え、寄り添うように映っている村上さんの暖かな表情が実に印象的でした。特に村上さんの笑顔が、この本の中身を暗示していました。


―小澤さんと村上さんの音楽を巡る対話―
2009年12月、小澤さんは食道癌の切除手術を受けました。以後は病と闘いながら、リハビリの日々が続くことになります。ここまで音楽活動に全力疾走してきた小澤さんは、ここにきて活動を大幅にスローダウンさせており、この時間軸の中で、村上さんとの対話が実現することになりました。


―音楽を表現すること、聴くことの驚きと喜びが、溢れる言葉となって迫る―
ベートーベン マーラー ブラームス モーツァルト チャイコフスキー
カラヤン バーンスタイン クライバー 斎藤秀雄 グールド ゼルキン
内田光子 ロバート・マン 今井信子 原田禎夫 パメラ・フランク
山本直純 武満徹 コルトレーン 大西順子 森進一 藤圭子
多くの音楽家が登場し、そのエピソードは読んで楽しい一時でした。


―音楽は2種類しかない(村上さんの言葉―引用―)―
"デューク・エリントンが言っているように、世の中には「素敵な音楽」と「それほど素敵じゃない音楽」という2種類の音楽しかないのであって、ジャズであろうがクラシックであろうが、そこのところは原理的には全く同じことだ。
「素敵な音楽」を聴くことによって与えられる純粋な喜びは、ジャンルを超えたところに存在している。"



―デューク・エリントンは米国ジャズ界の大御所です―
「A列車で行こう」等、スタンダードJAZZで有名な方です。

聴く ノエル・ギャラガー NOEL GALLAGHER

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―オアシス(OASIS)解散後、初のソロアルバムを聴く―
09年8月に解散した英国ロックバンドOasisのリーダーであり、ほとんどの曲のSongWriteing及び音楽プロデューサーであったノエル・ギャラガー(Noel Gallagher)の初のソロアルバムが発売されました。
タイトル名は「NoelGallagher's High Flying Bird」です。


―なお続く兄と弟の確執と不仲―
ノエルの弟でヴォーカルを担当していたリアム・ギャラガー(LiamGallagher)は既に旧Oasisのメンバーと共に新しいバンドBeadyEye(ビーディアイ)を結成し、2011年3月に新しいアルバムを発表していました。一人残された兄ノエルの動向が注目されていました。Oasis時代の音楽の方向性を巡るトラブル等が原因で兄と弟は修復不可能となり、兄が脱退宣言する形でOasisは解散しますが、その遺恨は両者の言い分を聞いている限り修復は当分無理です。しかしOasisの残した音楽は当時のリスナーの心に永遠に残る事でしょう。


―私はどちらかというと兄ノエルを支持していました―
弟リアムの新作を聴くかどうか迷っている内に、兄ノエルの新作が出た途端、やっぱり聴いてしまいました。Songwriteing及びメロディメーカーとしてのノエルの才能はOasisそのものでした。中期BEATLES(1967年代)の影響がありつつもオリジナリティを失わないノエルの音楽は素晴らしいものでした。


―インタビュー記事に見るノエルのプライド(引用)―

20111129_noel02.jpg音楽雑誌「ROCKIN`ON」12月号に彼のインタビューが掲載されています。

「これほどいい曲のコレクションを書くことができたのは相当久し振りだってことはわかっている。そして、キャリアのなかでも、もっとも簡潔で、最も文学的であり、叙情的な作品の一つだということもわかっている」
英国マンチェスター郊外で生まれ、悪ガキで不良少年で学校が大嫌いな少年ノエルの少年時代、自分がミュージシャンにならなかったとしたら何になっていたと思うかという質問に当時の心境をこう告白しています。
「もし音楽界に入ってなかったら、多分土木関連の仕事にでも就いてたんじゃないかな。あの地域に住むワーキングクラス・キッズの将来の選択肢なんて、それくらいしかなかったしさ。もし運がよければサッカー選手かミュージシャン、それがダメなら土木関連の作業員。この3つしかないんだよ。」


ノエル少年もマンチェスターユナイテッド(英国プレミアムサッカーリーグ)に憧れていたということです。


観る マネーボール

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―ブラッド・ピット(BradPitt)主演・プロデュースの映画が公開―
ワーナーマイカル新潟南で「マネーボール」を観賞しました。米国大リーグ・オークランド・アスレチックスの有名なGM・ビリー・ビーン(BillyBeane)の2000年代の活躍と苦悩を描いた映画です。
データ分析を基に出塁率(四球を選ぶ選球眼)から未来確率を割りだし、過小評価(埋もれている)されている選手をピックUPし、独自のチーム編成を構築し、大リーグ年棒総額最下位のアスレチックスを常勝チームにすることに成功したGMの物語です。


―オーナー GM 監督の責任と権限の範囲は...―
GMは球団オーナーから予算の示達を受け、その範囲内で常勝チームにすることを求められます。その予算を基にチーム編成、スタッフ体制、ドラフトやFA、トレード交渉等の戦略の最高責任者として現場を仕切ります。監督ですら、GMから与えられた選手でベストを尽くすしかありません。すなわち監督もこの路線に沿った請負人であり、結果が悪ければクビになり、次の就活をするだけです。


―語り継がれるアスレチックスの奇蹟―
映画のヤマ場は何と言っても2002年シーズン終盤の20連勝です(アリーグ新記録)。アリーグはNYヤンキースやREDソックス等の強豪チームがあり、地区シリーズを勝ち抜けることは大変です。貧乏球団と云われながら独自の理論と行動力で奇蹟を起こしたGMビリーは野球好きの米国人にも大きなインパクトを与えました。この主人公をブラピが演じていますが、冷酷さと情愛、金とチーム愛、冷静さと怒り、等のアンバランスな感情の動きをうまく演じています。現実問題として松井選手の来年はどうなるのでしょうか?


―GMの在り方 日本の野球界(巨人軍)で起きていること―
オーナー・ナベツネ氏(渡邉恒雄)GM清武氏 原監督 一体感を持つべき、この3人を巡る騒動は、まさに来期のチーム編成や強化策に関して基本合意ができていない事が露わになってしまいました。江川氏の名前が出たことに関しては原監督は「当事者ではない」とは言えないと思います。OBの広岡元監督(GM制度導入論者)は「米国の場合は能力のないGMやいい選手を預かっても勝てない監督は2人ともクビ」とはっきりコメントしました。GMのみを非難し、結果を出せなかった監督を擁護する(一方でフロント全体や選手も非難しています)ナベツネ氏の言動については私は違和感を覚えます。広岡氏は「一般的にオーナーはわがまま」とも言っていますが...。

観る フェアゲーム

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―イラク戦争にまつわる謀略を描いた映画「FairGame」を観る―

ショーンペン(オスカー俳優)とナオミワッツ(キングコングに出演した女優)が観たくて、新潟市のユナイテッドシネマで鑑賞しました。「FairGame」の意味ですが、普通は「正しい公正なゲーム」という風に思いますが、正確には「解禁された猟鳥獣⇔攻撃の格好の獲物」という意味だそうです。


―イラクには大量破棄兵器(核兵器)は無かった―

2003年に起きたイラク戦争の直前、CIA工作員(ナオミワッツ)と夫の元大使(ショーンペン)はそれぞれのルートを通じてレポートします。しかしこのレポートは無視され、ブッシュ政権は3月イラク戦争を始めます。夫はNYタイムズに「客観的に見てイラクには核兵器は存在しない」という文を寄稿しますが、その後Wポストに「この寄稿者の妻はCIA工作員で調査の仕事もCIA絡みである」と報じられ、この妻の実名も併せて暴露されました。私もこの報道は当時、何となく覚えています。この妻ヴァレリーをナオミワッツが演じています。


―国家権力と個人の戦い―
「FairGame=攻撃の格好の獲物」にされた妻は実名を暴露され周囲から脅迫を受けます。夫も社会的信用を無くし、追い詰められますが...。イラク戦争開戦前に米国で実際に起こった出来事を忠実に映画化した作品です。9・11以降、イラクをテロ国家と呼び戦争へと突き進む米国指導層とCIAの内幕が描かれています。ブッシュの他にチェイニー・ラムズフェルド・カールローブ等ネオコンと呼ばれた人々が暗躍した時代でした。英国はブレア、日本は小泉首相でした。イラク進攻を正当化するために国が大掛かりに情報の捏造をしたという話です。


―ヴァレリー・プレイム回顧録を本屋で見付ける(買いませんでした)―

「FairGame」というタイトルの、この本を手にとってみると黒く塗りつぶされた箇所がいくつか出てきます。CIAが公表を部分的に拒んだようです。非合法活動(政権転覆 親米政権作り クーデター)をするが米国では合法的存在として知られる秘密組織。配偶者、両親以外は自らの身分は決して明かさず、虚偽の職業名で活動する工作員たち。CIAは米国人にとってどういう存在なんでしょうか?ブッシュの過ちとして米国は過去の事として歴史の彼方に葬ったということでしょうか?ブッシュ氏も2010年11月に回顧録を出版していたそうですが...、買いませんでした。

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読む いまだから読みたい本 坂本龍一

20111024_坂本龍一01.jpg―音楽家・坂本龍一氏が3・11以後の日本を考える本を出版―
3・11は我々日本人にとって忘れることのできない大災害となりました。地震と津波により、東北沿岸部の多くの人命が瞬時に奪われ、福島では原発事故が発生し、多くの方々の生存権、財産を奪ったまま、収束の道筋は見えないままです。戦後最大規模の被災という事実を前にしたショックと混乱の中で私は、自分自身を納得させる何かを探していました。その一つが「言葉」でした。


―「心に響いた言葉たち」を探す―
坂本氏は3・11以降、友人たちとFacebook上で多くの本や文章に触れ、読書案内にしようとこの本を出版しました。前書きで坂本氏はこのように書いています(引用)
地震や津波に対する流言飛語や風評、原発事故に対する嘘や隠蔽。すべては
言葉の問題です。言葉と現実に起こっている事態の乖離がはなはだしくて、
3・11前の言葉と自分の関係、言葉と現実の関係がくずれてしまった。
(中略)一方でまた、心の空虚さを埋めるのも言葉だし、自分たちの抱く、
この非力な感じを支えてくれるのも言葉です。人間とはつくづく言葉を食べて生きている動物なんだなという思いを強くしています。



―こんな方々の「言葉」を紹介しています―
茨木のり子 中井久夫 寺田寅彦 丸山眞男 伊丹万作 手塚治虫 鶴見俊輔
等の著作からの紹介ですが、戦後社会におけるそれぞれの「日本人論」として読むことができました。外国では12歳の少女による「リオ伝説のスピーチ」、ウクライナのジャーナリストによる「チェルノブイリの祈り」等が紹介されています。近代から今日までの幅広い歴史の中で、多くの示唆に富む言葉の数々に触れました。


―一番印象に残った「アトムの哀しみ」―
漫画家・手塚治虫氏の言葉(引用します)
自然への畏怖をなくし、傲慢になった人類には必ずしっぺ返しがくると思います。いまこそ全地球レベルで、超長期的、何百年何千年という視点から、地球を考える必要があるのです。(中略)自然や人間性を置き忘れて、ひたすら進歩のみをめざして突っ走る科学技術が、どんなに深い亀裂や歪みを社会にもたらし、差別を生み、人間や生命あるものを無残に傷つけていくかをも描いたつもりです。(中略)鉄腕アトムで描きたかったのは、一言でいえば、科学と人間のディスコミュニケーションということです。