第二回 「峠」王クイズ選手権

河井継之助の言葉・人となり

一つ上手であればよい

継之助の妹・安子の息子金太郎が5歳くらいの頃、訪ねてきた継之助が「金は何が一番好きだ」と聞くと、安子は「凧が一番好きだから凧張名人にでもなりましょう」と答えました。すると継之助は真面目な顔になり「何でも良い、一つ上手であれば名人といわれる。これからは何か一つ覚えておらねばならぬ」と言ったそうです。安子は「御維新後の察していたのではあるまいかと思い出すことがたびたびあります」と語っています。安子の記憶が正しければ戊辰戦争の12年前の出来事。金太郎は17歳で戦死しています。

 


 

相撲好き

継之助の相撲好きは有名で、江戸滞在中の本場所は必ず観に行き、「峠」にも登場する越後出身の伊勢海を贔屓にしていたそうです。そして相撲の見るべきところを「双方十分に仕切りをなし、相互遺憾なきところにおいて立ち会うその一刹那の気合にあり。組み合っての後は勝負あるのみ」とよく語っていたそうです。

 


 

浄瑠璃本を読め

継之助が藩の同心5,6人が集まっていたところへ顔を出し、四書五経は読んだか?と尋ねました。読みましたと答えると「浄瑠璃本も読んでみるがよい。読んで人間の心を知るがよかろう。人間はどんなに偉くとも人情に通ぜず血と涙がなくてはだめだ」と言ったそうです。

 



我が北越の三豪傑

継之助は上杉謙信、酒呑童子、良寛上人を「我が北越の三豪傑」と評していました。良寛は、茶人でもあった継之助の父代右衛門と交友があり家にも訪れています。継之助は良寛の書を愛蔵し、山田方谷に会うための旅の途中では良寛が修行した円通寺(岡山県倉敷市)に立ち寄っています。

 



天下になくてはならぬ人となるか

天下になくてはならぬ人となるか、あっては成らぬ人となれ。沈香も焚け屁もこけ。牛羊となって人の血や肉に化してしまうか、豹狼となって人類の血や肉を食らうかどちらかになれ」(河井継之助傳)

 



読書の功は

「漫然多読するも何の易かあらん。読書の功は細心精読するにあり」

 



民は国のもと

「民者国之本 吏者民之雇」は長岡市郷土資料館でも展示されている継之助の言葉です。「民は国のもと 吏は民のやとい」というのは、知人に西洋の民主主義を端的に伝えるための言葉だったとされています。