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2024.06.06【特集】先人たちのおくりもの〝輪島塗〟再び輝く-被災者支援に立ち上がった男性の奮闘に密着【新潟】

【特集】先人たちのおくりもの〝輪島塗〟再び輝く-被災者支援に立ち上がった男性の奮闘に密着【新潟】
輪島漆器販売義援金プロジェクト 山田修さん
日本を代表する工芸品のひとつである、石川県の輪島塗。能登に住む人々は、古くからこの漆器を生活の中に取り入れて愛用してきました。しかし、能登半島地震で被災した人々の中には、生活のために輪島塗を手放す決断をした人もいます。

糸魚川市に住む男性は、そうした人たちに代わって輪島塗を販売しながら被災者の生活を支えています。今回、被災地での活動に密着しました。

■輪島市民
「戦争の跡地みたい。何もなくなった。街はシーンとしている。」
■輪島市の海女
「(Q.地震以来漁は?)漁は、一切みんな出ていない。誰一人出ていない。」

5月下旬の被災地、輪島市。
■輪島漆器販売義援金プロジェクト 山田修さん
「これ明治11年?これ能登で見てきた中で1番古いよ。」

国の重要無形文化財に指定されている、輪島塗。
熟練の職人の手による漆の色合いやツヤ、指先に吸い付くような手ざわりは一級の芸術品です。今、その輪島塗の多くが瓦礫に埋もれ、被災ゴミとして処分されています。また、生活再建に追われる被災者の中には、使い続けてきた輪島塗を手放す人もいます。

糸魚川市でヒスイの加工を手掛ける山田修さんは、地震後にたびたび能登に渡り、傷ついた輪島塗の修復と継承に取り組んできました。
■輪島漆器販売義援金プロジェクト 山田修さん
「これを捨ててしまうと聞いた時最初に思ったのは『勿体ないから売ってお金にしよう』ではない。輪島塗が可哀想だと思った。モノづくり職人として、これを作ってきた輪島漆器の職人たちの物語があり、(被災者の)子孫のために数を増やしてきたご先祖たちの思いがある。それがゴミとして捨てられてしまうことに心が痛んだ。」

輪島塗を手放すことを決めた持ち主に代わって、掛けた部分などを修復しオンラインショップなどで販売。売り上げは、全額もとの持ち主に寄付しています。

この日、山田さんは仲間とともに、輪島塗を売る決断をした被災者のもとを訪れました。輪島市に住む、早瀬隆子さんです。
■早瀬隆子さん
「冠婚葬祭。昔は家でしていたので。(Q.輪島の人たちはみんなそう?)そうですね…。田舎へいけば行くほど持っているのでは。代々から残しているものだが使わない。本当に自分が亡くなったときに輪島塗を子ども、孫たちがどうにかできるかと言われるとできない。」
「声をかけてもらわないと(輪島塗を)見ることもなかった。あることは分かっていたが広げて見ることもなかった。広げて洗ってみて『こういうのがあったんだ』と改めて思った。」
「(売上を受け取り)ありがとうございます。大事に使わせてもらいます。収入が無くなってしまったので眠っていたものがいくらか自分たちのためになると思って喜んでいる。正直に言うと。」

次に訪れたのは、いまも地震の爪痕が残る珠洲市。
畠田和美さんの自宅は地震で倒壊。1階にいた畠田さんは崩れた家から助けられ、九死に一生を得ました。
■畠田和美さん
「地震があった日は、この潰れた家の中で子どもと体調不良だったから2人で家の中にいた。出られるとか逃げるとかそんな状況ではなかった。」

命は助かったものの、生活の場は奪われました。
■畠田和美さん
「ふだんはこっち。ここで生活。」

9人家族の畠田さん。これからの時期、日差しが当たるハウスでの生活は快適とは言えません。敷地内の蔵も、大きく損壊。保管できなくなった漆器を山田さんへ託すことにしました。
■畠田豊作さん
「父が(輪島塗を)買い求めていた。私が小学校、中学校くらいまでは毎年お祭りで使っていた。赤い御膳で。(輪島塗は)お湯はダメ。ぬるま湯で洗う。拭いて干す。しまうのに3日くらいかかった。20人前の漆器で。自分の父親や母親が見ればがっかりするだろうけど。はっはっは。」

4歳の結心くんが保育所から帰ってきました。
9人暮らしの畠田さん一家。仮設住宅や避難所には入らず、ここで暮らすことを決めました。
■畠田和美さん
「5ヶ月経ったけど、この生活がいつまで続くのか分からない。終わりが見えない。今は色んな人が助けてくれる。まだここで頑張っていけたら。」
「(結心くん見てると元気もらえますね)本当に。がんばらないと」

■輪島漆器販売義援金プロジェクト 山田修さん
「被災者、(地震の)恐怖に耐えた方々。自分の家族だったら胸がいっぱい。想像することと共感することが『やろう』ということ。本当に僅かだが生活費の足しに。食費だろうが子どもの服だろうが。何も無い状況なので。頑張って。それだけ。」

今なお続く、厳しい暮らし。先人たちからの贈り物である〝輪島塗〟が、被災者の生活の支えになっています。

山田さんによると、プロジェクトに賛同してくれる有志が全国で少しずつ増えており、一緒に被災者と顔を合わせることを大切にしているそうです。また、倒壊した建物の公費解体が始まっていますが、そうなると輪島漆器が救出できなくなってしまうため、山田さんは現地での活動を加速させたいということです。
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