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2024.02.04【能登半島地震1か月】検証・県内を襲った津波 その時 避難は 浮き彫りになった課題【新潟】

【能登半島地震1か月】検証・県内を襲った津波 その時 避難は 浮き彫りになった課題【新潟】
津波で浸水被害を受けた住宅【2日・上越市】
能登半島地震の発生から1カ月が過ぎました。当時県内も襲った津波。人々の避難の様子を検証します。

元日の午後4時10分ごろ発生した能登半島地震。揺れから、約30分後。

■撮影者
「うわ~来た」

上越市の関川には、津波が到達していました。関川の河口にある上越市港町は以前から津波の危険が指摘されていました。川沿いに設置されたカメラには、津波が堤防を越え住宅地に流れ込む様子が映し出されていました。

■大角怜司アナ
「私の身長178㎝あるが、身長をはるかに超えるこの堤防を越えて、津波は住宅地を襲ったということです。」

1棟が床上浸水、14棟が床下浸水の被害を受けました。

■住宅が津波被害 安田みさこさん
「涙も出ない。見てるだけで、あれもだめこれもだめ、大変だ。」

31年ぶりの津波警報が発表される中、港町の住民は、どのように行動したのでしょうか。
石田仁伸さんは地震のあと、すぐに父と2人で避難を開始。歩いて自宅近くの旧古城小学校に向かいました。

■石田仁伸さん
「津波警報と出た時点ですぐ避難しなきゃと思って。周りに声をかけながら、津波来るし逃げろと。」

数分で到着しますが、鍵が開いていなかったため中に入れませんでした。
住民が続々と集まる中、防災士の資格を持ち、自主防災組織の委員も務める高原一歩さんは、ある決断をします。

■高原一歩さん
「もう時間がないという私の判断から、ブロックを投げてガラスを割った。中に手を入れて鍵を開けて戸を開けた。」

地震から約20分後、学校の屋上には100人余りが避難していたそうです。
その時、撮影した映像に、緊迫の様子が残されていました。

■撮影者
「うわ(堤防を)越えた。津波きてるぞ、上あがれ」

■高原一歩さん
「屋上にいた方は下にいる人達が見える状況で下に声を掛けているということ」

■石田仁伸さん
「この辺は高齢者が多いので、高齢者の避難はだいぶ時間かかっていたのかなと、津波が来ているのが見えた時もまだ外を歩いている人が多かったので。」

関川の河口に津波が到達し、堤防を越えた時、その目の前の住宅にいた女性は。

■住民女性
「ここずっと津波きて、だいたいここら辺まできた。窓を開けたらね、ものすごかった、それでびっくりした。」

自宅の基礎部分まで水が押し寄せ、女性は夫と2人で、2階に垂直避難しました。

■住民女性
「避難は私もお父さんも年寄りだし、主人は92歳だから。地震と津波来ないようにお願いしている、毎日。」

関川の河口近くに住む、今井さん夫妻。夫の健次さんは肺気腫を患い、酸素を送る機械を手放せません。今回、津波が到達した時は、自宅付近にいて避難の難しさを感じたと言います。

■今井健次さん
「いつも訓練をしたり色々とやっているけど、いざという時は それの半分を実行できるか?どうかだね。今回つくづくその訓練も大事と思った。九死に一生、全くその通り 九死に一生。」

上越市は新潟沖で津波が発生した場合、港町には14分程度で到達すると想定しています。
港町の町内会は、短時間で避難することが難しい高齢者世帯にライフジャケットを配布しています。住民は自主防災組織を立ち上げ、年に一度、津波を想定した避難訓練に取り組んできました。
今回の避難について、地元の263世帯にアンケートを実施したところ、避難を始めるまでに10分以上かかったと答えたのは、約6割。避難しなかったと答えたのが約2割にのぼっています。
港町の自主防災組織で委員長を務める泉秀夫さんは改めて、津波避難の難しさを感じたといいます。

■港町防災対策委員会 泉秀夫委員長
「大きな揺れが来た場合にはもう津波が来ると思おうと。だから津波警報を聞いてから避難してはちょっと遅いんですよね。正直なところは。津波避難がなかなか浸透しなかったというのは反省ですね。」

自主防災組織は、教訓を次につなげるため10月の「避難訓練」を5月に前倒しして行うとしています。
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