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2024.02.08【能登半島地震1か月】能登半島の被災地は 長引く避難生活 浮かんできた課題【新潟】

【能登半島地震1か月】能登半島の被災地は 長引く避難生活 浮かんできた課題【新潟】
最大震度7 石川・志賀町は1カ月たってなお…
能登半島地震の発生から1カ月。石川県の被災地では、長引く避難生活の中、様々な課題が生まれています。最大震度7を観測した志賀町や穴水町を取材しました。

■庭山陽平記者リポート
「志賀町でも特に被害の大きかった富来地区です。こちらの道路は片側が階段状に大きく陥没してしまっています。深いところでは2m近くの段差があるように見えます。」

1月29日。今回の地震で最大震度7を観測した志賀町。道路は大きく崩れ、建物のがれきも残されたままでした。1ヵ月が経っても手つかずの状態で、いたるところに倒壊の危険を示す赤い張り紙が貼られていました。

■徳照寺 松村俊照 住職
「輪島とか珠洲の方が、全国版に流れてるみたいで。この辺は震度1番大きかったけど/この通り見れば…輪島と似たり寄ったりかなと思ったりもするけどね。」

松村さんが住職を務める徳照寺も本堂が大きく崩れていました。

■徳照寺 松村俊照 住職
「中はもう完全に潰れてます。落ちてしもうて。天井はないわ。1番肝心かなめの仏様だけ、なんとか担ぎ出したけど、預かっとるお骨もまたその下におる。」

除夜の鐘を鳴らす鐘つき堂も崩れ落ちていました。
例年なら元日は参拝客を受け付けていましたが今年は、家族の都合で急遽取りやめにして、お寺には人がいませんでした。

■徳照寺 松村俊照 住職
「もし人いっぱいおったら、みんな全員一緒に終わりやったな。/人的災害を避けられたのが、せめてもの、なんか仏さんの力かもしれん。」

現在は金沢市に夫婦で2次避難をしていて、毎日2時間以上かけて、片づけ作業に通っています。しかし、先の見えない日々が続いています。19秒

■徳照寺 松村俊照 住職
「諦めないかんね。もうだめやね。正直言ってどう目処を立てればいいか、 はっきり言って今のとこ全く。果たしてどうなるもんやらね。」

断水が続いていた志賀町では、2月1日時点で950人以上が避難生活を余儀なくされていました。山あいにあった自主避難所には12人の住民が身を寄せていました。

■避難者
「少しは落ち着いたかなっていう感じ。ストレスはたまってきているけどみんなが仲良くいくようにみんな心得ているんじゃないかな。」

食事は近くの指定避難所に取りに行くなど不足はしていませんでした。日本医師会災害医療チーム「JMAT」も訪れ体調をチェックしてくれました。
断水の復旧は、2月末となる見込みで、手を取り合い、避難生活を続けていました。
山間部・高齢化が進んだ地域で、長引く避難生活には多くの課題も生まれています。

■串 勝弘さん
「お風呂と洗濯と思うようにいかないのがつらい。」

串勝弘(くしかつひろ)さん、78歳。家はほぼ半壊で、避難所に身を寄せています。
去年、運転免許を自主返納したばかりでした。被災者向けの入浴施設は近い所でも約10㎞、コインランドリーは28kmも離れています。

■串 勝弘さん
「一緒に便乗していってくださいって簡単に言うけど、そこにいる人に、1回1回あっち行く、こっち行くってなかなか気の毒で言えない。」

この地域は住民の8割以上が高齢者で、串さんのように車の運転ができない人が複数いるといいます。

■地域の人は
「車を持っていない、だれかに乗せてもらうしか方法がないということなので、不自由な状況になっていると思う。」

高齢社会での避難生活の課題が浮き彫りとなっていました。
また、別の避難所への移動を余儀なくされる被災者もいました。

■庭山記者
「避難所の天井がはがれ、柱も大きな被害を受けています。避難所自体に危険があるとして、同じ地区の別の避難所に避難するということです。

指定避難所となっていた富来小学校が、衛生や耐震の面で問題があるとして閉鎖。82人が、別の避難所などに移りました。

■別の避難所へ移る被災者
「やっと雰囲気に慣れたかなと思ったら、気疲れして色々神経使ったらここに変なものができたし。医者に行ったらストレス疲れから来てますと言われた。別の避難所に行ったらまた神経使って大変だな。」

避難所ではなく、自宅へ戻る人もいました。

■避難所から自宅へ戻る被災者
「ここの人が行ったら、200人以上になるから感染症とか怖い。それが怖いと思って、うちに帰る選択をした。」

避難生活の中で、さらに厳しい選択を迫られる被災者も出始めていました。

一方で暖かい支援も広がっていました。 振舞われていたのは温かい“中華煮”。
台湾からの団体で、1月13日から29日まで穴水町で毎日500食ほどを提供していました。自費で来日した人も参加していました。7秒

■台湾から自費で訪れた周利貞さん
「台湾も地震が多いので、この地震のニュースを見て怖い思いをしていると思って急きょ来ました。」

日本と同じく地震で何度も被害を受けた台湾。今回の地震では、台湾の個人や企業からの寄付金は25億円以上となっています。

■避難した人
「ここまで遠い所まで来てくれたのが信じられない。ありがたい」
■台湾から自費で訪れた周利貞さん
「地域や宗教を超えて手が伸ばせるのであれば、どこでも駆け付けたい。」

1日、地震から1ヵ月となり、発生時間に合わせて、避難所でも黙とうが捧げられました。

■被災者
「もう2度と、地震なんか大嫌い、来ないでほしい。」
「胸いっぱいです。考えると。そんなに簡単には中々復旧できないですけど、みんな同じ気持ちなので、能登の人たちは全部。」
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