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2024.01.30【能登半島地震1カ月へ】④開かない避難所 津波警報の中対応混乱… まずは「高いところへ」【新潟】

【能登半島地震1カ月へ】④開かない避難所 津波警報の中対応混乱… まずは「高いところへ」【新潟】
津波警報「高いところへ」混乱の中でも速やかな避難を
能登半島地震で、県内全域に31年ぶりに津波警報が出され、多くの人が避難しました。しかし各地では混乱があったこともわかっています。当時の様子から検証します。

1月1日、地震発生から35分後、県庁には、多くの住民の姿がありました。

■避難者
「やっぱり、なんといったって津波が怖いね。一番怖いから」
「自宅の2階に上がって退避しようかと思ったんですけど、ここ避難所の県庁が一番安全ですから」

■防災無線 「津波警報が発表されました。」

上中下越・佐渡に津波警報が発表されたのは、地震発生から2分後。
新潟市は、沿岸部や河川の流域などで津波による浸水が想定されています。住民は、近くのビルや学校など、高くて丈夫な建物に、避難を始めていました。

■大西遥香アナウンサー
「津波避難ビルに指定されているNEXT21のビルの中です。多くの人が避難してきています。」

津波避難ビルに指定されている、中央区の南万代小学校。元日・冬休みということで、学校など公共の施設には鍵が掛けられていました。

■南万代小学校 教頭
「鍵を開けられたのは、避難所開設職員です。」

新潟市では、避難所の近くに住む職員が、速やかに鍵を開けることになっています。一方、職員が不在でも対応できるように、市は近くの住民に「開設協力者」として、避難所のカギを預けています。
しかし…。

■小学校 開設協力者
「一応鍵私、住民のあれで、持ってきてはいますんで、万が一また大きな揺れがあったら鍵開けて、中に入ってもらいますので、ちょっとここで待ってて下さい」

地震発生から約20分後。中央区の小学校では、開設協力者が鍵を開けず、待機を呼び掛けていました。
結局、学校関係者がカギを開け、20分後に、ようやく受け入れが始まりました。
新潟市が、この開設協力者に話を聞いたところ「避難者を落ち着かせるため、間を取るつもりだった」などと説明したと言います。この件について新潟市の担当者は。

■新潟市 危機管理監
「避難所の開設のマニュアルの方は用意はしてあります。人が代わったりして、引継ぎですとか十分でなかった部分があると反省をしておりますので、共有を、今後更に徹底していきたいと考えております。」

開いていなかった避難所は、他にも。液状化の被害が拡大した西区の寺尾地区。
近くの住民は、坂井輪地区公民館に避難していました。

■避難者
「坂井輪中学だと入れなかったから、こっちならいいかなと思って来たんですけどね。液状化で水かなんか出ていたんでしょうかね。ちょっと道がよく見えなかったし、それで子どもに向こうに坂井輪中学校に回って見てもらったら、まだ開いてないって言われたから、ここで待ってたんですよね」

この地区の指定避難所は坂井輪中学校ですが、鍵が開いておらず、入ることができなかったといいます。
公民館は、中学校で避難者を収容しきれない場合の予備的な施設で、すぐ鍵を開ける必要はありません。しかし、地震から20分後の午後4時半には受け入れを始めました。

■坂井輪地区公民館 高島純子館長
「午後4時30分ごろ駐車場に、すでにたくさん人が集まっていらっしゃいまして、おそらく50人以上はいらっしゃったんではないかと思います。津波警報が解除されるまでの待機場所として、解放いたしました。」

新潟市によると、坂井輪中学校は午後4時40分に体育館のカギが開けられていたといいます。
しかし、玄関のカギが掛かっていたため、あきらめて公民館へ避難した人たちがいたということです。

■坂井輪地区公民館 高島純子館長
「津波警報がなかなか解除されない中で、どのタイミングで、指定避難所・坂井輪中学校の方に移っていただくかというのが、一番、判断が難しいところでした。結局、最終的に50人くらいの方が、公民館で夜を明かされました」

住民が、混乱せずに避難できる運営が求められています。
一方、津波警報が出された際は、避難場所にこだわらず、とにかく「高い所に逃げる」ことが重要です。
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