2023.03.11【震災12年避難者の今】②地域に愛されるパン店に それでも故郷想い揺れる心【新潟】
いわき市から阿賀野市へ 鈴木さん夫婦のパン店
東日本大震災から12年。新潟県内には、10日時点で1911人の避難者が暮らしています。それぞれの思いを抱えて12年を過ごしてきました。
まだ夜が明けきらない早朝。阿賀野市にある「パン工房あおぞら」に明かりがともっています。
鈴木功(いさお)さんと妻 勝子(かつこ)さんは、毎朝、2人でパンを作っています。
■鈴木功さん
「食っていくためには、働かないことには食べていけない」
福島県いわき市で長年、パン屋を営んできた鈴木さん夫婦。原発事故の影響で、長男が住む新潟に自主避難しました。
周りからの後押しを受けて、避難から2か月後に店を再オープンさせました。ほとんどの機械は以前の店で使っていたものです。材料にこだわり、安心安全なパン作りを心掛けています。
■勝子さん
「うちは週3回、2時半起き」
人気商品の食パンをはじめ、定番のパンや地元の五頭山にちなんだパンまで。午前9時の開店に合わせて約40種類を並べると、常連客が買いに訪れます。昔ながらの味を地元の人は楽しみにしています。
■お客さん
「ここのパン屋はとてもおいしいから時々買いに来る」
「おいしい、奥さんも気さくでいいし、楽しみながら来ている」
窓にはピアノ教室の生徒募集のチラシが貼られています。勝子さんは音楽の教員免許を持っていて、子どもたちにピアノを教えています。
■勝子さん
「ピアノは、パン屋やる前から大学出たときからピアノを教えていた。たまたまお客さんで、知り合いの方がいて、その人がもしあれだったらピアノあげるから教えればとピアノ持ってきてくれた」
パン店としての売り上げは、いわき市の店と比べて半分程度、自主避難で行政の支援を受けられないため、生活は厳しい状態です。それでも11年間続けることができました。
■鈴木功さん
「知らないところで商売して地域の人に良くされて、11年続いたというのは、私らの努力でなくてお客さんが理解してくれたと思う」
常にふるさと・いわき市のことを考えているという2人。今、気持ちが揺らいでいます。
■鈴木功さん
「やっぱり最終的には、いわきに骨をうずめたいというのが本音。やっぱりお墓に先祖さまに入りたいというのが僕としては」
■勝子さん
「年を取ればとるほど、ふるさとは懐かしい、だから、もう70になるからこの先、どうかなときもする。ここで終わるか、ふるさとに戻るか揺らしてます」