2026.08.18【特集】粟島で県外の大学生が奮闘 島の暮らし体験 第2の古里に【新潟】
粟島の生活
透き通る青い海。深緑色の木々。県北部の日本海に浮かぶ、周囲23kmの粟島です。
人口は約300人。夏はお盆を中心に、多くの観光客が訪れます。
繁忙期を支えるのは、若い力です。
民宿を手伝う宮城県の大学4年生 木口 真唯子(きぐち まいこ)さん。粟島浦村が取り組む「ふるさとワーキングホリデー」を利用して9日間滞在します。この制度は、働く体験を通して粟島のファンになってもらい移住などにつなげる狙いがあります。木口さんは去年に続き、2回目の参加です。
■宮城県の大学4年生 木口 真唯子さん
「これから灯台に向かいます歩いて往復2時間です。」
深い緑と青い海を眺めながら車がほとんど通らない、島唯一の県道を歩きます。
灯台の入り口からは、急な階段が続きます。登り始めて20分粟島灯台です。
■木口 真唯子さん
「佐渡島が薄っすら見えるところと山の頂上なので、緑がだんだん淡くなり青色に続く景色が好き。」
木口さんが働く民宿「源左エ門」。
漁師でもある渡辺文良(わたなべふみよし)さんと妻のディナさん、高齢の両親が家族で経営しています。島に2つある集落の西側、釜谷(かまや)地区にあります。
夕食は魚料理がメインの、粟島のご馳走です高校生のアルバイトと配膳します。タイやソイの白身魚や、アオリイカが並びます。
埼玉県から家族が訪れていました。
■埼玉から
「お刺身は何ですか。」
■木口 真唯子さん
「ヒラマサという魚で高級魚だとおばあちゃんが言っていた。どの魚を食べてもおいしい。」
■埼玉から
「島全体が静かで他の島とは違う空気感があって素敵。」
「子どもたちが海に入って生き物がたくさんいて半日しかいないが充実している。」
午後6時半、夕日で島がオレンジ色に染まりました。
翌日の朝、伝統行事「七夕様」の準備です。ヨシを使って船を作ります。島民の若者に作り方を教えながら、作業を進めます。
2時間ほどで「七夕丸」が完成しました。「七夕丸」に、スゲで作った馬をつるします。
■島民
「これは馬お盆にご先祖様にこの馬に乗って帰ってきてという意味。」
黄色と赤、青の飾りは馬の服だといいます。
午後5時半漁船に「七夕丸」を載せて、沖に向かいます潮の流れに乗せてご先祖様を迎えます。
「七夕丸」を流した沖合は粟島屈指の漁場です。8月は漁が少ない時期ですが、民宿で使う魚を求めて沖に出ます。この日はイシダイと高級魚のキジハタがとれました。
みやげ屋「きんべい」前のベンチは島民の情報交換の場。木口さんの姿もあります。
「きんべい」さんのアイデアで、「粟島へ行きタイ」という名前の菓子の土産ができた話を聞きました。
■木口 真唯子さん
「街のためにとか島のために意欲的に行動するおばあちゃんがかっこいい昔ながらの日本ローカルな感じがいい。」
夏は活気のある粟島ですが、民宿が激減しています。
■民宿「源左エ門」主人 渡辺 文良さん
「どんどん(民宿が)減っている60軒くらいあったと思うが今は何軒でしたっけ。」
1983年をピークに、現在は19軒まで減りました。「源左エ門」のある釜谷地区は7軒が営業しています。
■民宿「源左エ門」主人 渡辺 文良さん
「しょうがない高齢化だから維持するためには外から人が来ないと増える要素がない。」
島の自然と暮らしに触れた木口さんが、感じたことがあります。
■木口 真唯子さん
「仕方がないで終わらせないで、こういう状況でも何かしょうと行動することがちょっとずつプラスに動いてくる。現状維持ではなくて常に考えて行動を続けることが大事。」
1つの家族のように暮らす島民の人柄が大好きになった木口さん。
粟島は帰りたくなる、第二のふるさとになりました。