2025.06.16【新潟地震61年】当時の体験を子どもたちに「みんな無事だったのは奇跡」被害を繰り返さない 教訓を未来へ【新潟】
桃山小学校では、津波から避難する手順を確認
教訓を未来につなぐ1日です。1964年に発生した新潟地震から、2025年6月16日で61年を迎えました。被害を繰り返さないため、新潟市では各地で当時の教訓をつなぐ取り組みが実施されました。
1964年6月16日。粟島沖を震源とするマグニチュード7.5の地震が発生。死者26人、全壊した建物は1960棟に上りました。
最大震度を観測したのは新潟市。当時の基準で震度5でした。新潟市中心部では液状化現象の被害が広がり、アパートが横倒し…。行きかう車も泥に埋まるなど、避難する人たちの行く手を阻みました。
61年前の記憶を風化させないため、小学校でも訓練を取り組みました。
新潟市東区の桃山小学校では、津波で浸水する恐れがある低層階の児童らが3階以上に上がるなど、避難の手順を確認しました。
訓練後の集会では61年前、桃山小学校の教師として児童を避難場所に誘導した鍋谷總子さんが、当時の体験を子どもたちに伝えました。
■鍋谷總子さん
「新潟地震は、本当に大きな揺れでした。この日は、揺れた瞬間に電気が止まってしまいました。」
鍋谷さんたちは、全校1388人の児童を無事に近くの高台まで避難させました。
■鍋谷總子さん
「1300人の子どもたち1人もケガがなく、みんな無事だったのは奇跡だと思う。人のことだと思わず、自分だったらどうしたらいいかということを話しあってほしい。」
■小学6年生
「いつ災害が起こっても大丈夫なように(訓練に臨んだ)。」
■小学6年生
「避難時に先生の話を聞き、次の行動をどうすればいいかを考えるべきだと思った。」
教訓が、次の世代へと引き継がれています。