• 現在のお知らせはありません。

2026年07月15日(水)本日の番組表

UXニュースNEWS

2026.07.14【長岡空襲から81年】戦後生まれの遺族「生きてきた証しを残してほしい」体験を語り継ぐ【新潟】

【長岡空襲から81年】戦後生まれの遺族「生きてきた証しを残してほしい」体験を語り継ぐ【新潟】
長岡市の南マサイさん(76歳)
1400人以上の犠牲者を出した長岡空襲から今年で81年です。この週末、長岡市では追悼の集いが開かれ、戦後生まれの遺族が初めて空襲の体験を語り継ごうと演壇に立ちました。

7月12日、長岡市の戦災資料館で開かれた『追慕の集い』。長岡空襲で亡くなった人の遺族ら100人ほどが参加し、黙とうを捧げました。遺族代表として演壇に上がったのは、長岡市の南マサイさん(76歳)です。

■南マサイさん(76)
「戊辰戦争と空襲で二度の焦土となった土地からはい上がって、こんな素晴らしい長岡市に発展してきてくださったんだなと。」

1945年8月1日―
1時間40分ほどの間に16万3000発あまりの爆弾が投下された長岡空襲。市街地の8割を焼失し、1489人の命が奪われました。南さんの夫の親族である徳太郎さん一家も犠牲になりました。

南さん自身は戦後の1950年、十日町市の生まれ。15年前、新聞記事をきっかけに長岡空襲に関心を持ち、親戚や経験者に当時の話を聞き始めました。

■南マサイさん(76)
「実際に空襲にあわれた人の話をお聞きしながら、大変なところをくぐり抜けて今日の長岡を築いてくださったんだなと感謝の気持ちと尊敬の念があった。」

夫の親族一家が亡くなった場所に建つ慰霊碑をときおり清掃しているという南さん。これまで講演などは行っていませんでしたが、戦後81年の今年初めて引き受けました。

その理由は、空襲の体験を語れる人が年々少なくなっていること。長岡空襲の語り部は現在8人で、平均年齢は88歳です。

■南マサイさん(76)
「長岡空襲で亡くなった人たちの生きてきた証しをちゃんと残してほしい。若い世代が平和学習をしているので、そういう人たちにつながっていけば平和の気持ちがつながっていくんじゃないかなと思う。(経験した親族は)田んぼのほうに逃げて助かったことなど簡単にさらりとしてくださっただけで、それ以上つらかった話は聞かされていません。(長岡市の中心を流れる)柿川は良い川になっていますけど、毎日柿川をながめているが空襲のことを思い出してしまいます。」

■中学2年生
「近所にも被害が出ていて悲しくなった。学んでいってしっかりとした平和をつくっていきたい。」

空襲の記憶を受け継ぎ、平和な世の中をつくるために大切なことは・・・。

■南マサイさん(76)
「諦めないことですね。どんなことに対しても、苦しいときも長岡の人たちが踏ん張ってきた気持ちを忘れないようにしていくことが平和につながる。」
ページのトップへ