みなと・さがんプロジェクト

株式会社 髙助

 万代シテイができた70年代以降、対岸と比べると左岸は地味ではありますが、強みである歴史の深さを活かし対岸とは異なるやり方で地域づくりを進めて行きたいと思います。老舗同士が連携し、文化と歴史を感じるフォーターフロントとして萬代橋からみなとぴあまで信濃川沿いを、そこから早川堀づたいに下町を歩き古町へというルーティングができたら面白いですね。

代表取締役 高橋秀松

企業情報

 江戸時代は荒物商を営み、1885(明治18)年に4代高橋助七が新潟で初めて対岸貿易を始めた伏見半七とともに新浦商会を設立。沿海州へのサケマス漁を事業化します。これが新潟におけるロシアでのサケマス漁の嚆矢となり、明治末から大正にかけて新潟の一大産業に成長しました。その後石油産業に参入します。戦時中は取扱品目の多くが統制されたなか、専売制だった塩の輸送取扱業務などで切り抜け、戦後に事業を再開。昭和30年代にはガソリンスタンド経営を開始しています。
 社会貢献では1927(昭和2)年に設立された私立新潟聾口話学校(いまの新潟県立新潟聾学校)の設立に尽力。県立に移行する戦後まで同社が運営を支えていました。また現在の信楽園病院の前進となった結核療養所の運営には三代に渡って関与してきました。

本 社
新潟市中央区礎町通4ノ町2100番地
代 表
代表取締役社長 高橋秀松
資本金
4,000万円
売上高
115億円(2016年3月期)
従業員
70名(同上)

沿革はこちら http://takasuke.com/about/

髙助別宅を描いた絵。場所は現在の新潟グランドホテル周辺で、萬代橋の姿からすると戦前の風景。

かつて社員が仕事着として着ていた法被。左は明治20年設立の髙助運送店、大正12年に本格参入した石炭部、昭和27年設立の株式会社髙助商店

同社に伝わる廻船大問屋株の譲渡に関する永代帳。同社は株式会社新浦商会を設立した明治18年を創業年としているが、これは江戸時代正徳3(1713)年のもの